ウィキメディア・カンファレンス・ジャパン 2009で財団・Jay Walsh氏、国会図書館長・長尾真氏が講演。
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和田博実

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目次

[編集] 経歴

日本鹿児島県生まれ。父親の転勤で幼少時に大分県臼杵市へ転居した<ref>写真集『西鉄ライオンズとその時代』に記載された和田自身のプロフィールより</ref>。臼杵高校から1955年西鉄ライオンズに入団。

1956年から頭角を現し、その年から始まったチームの日本シリーズ3連覇に貢献。稲尾和久との黄金バッテリーとして知られた。その後もレギュラー捕手としてチームの黄金期を支えた。1962年には自己最高の打率.325を記録。現役晩年は外野手としても出場。

1970年からはコーチを兼任、1972年、西鉄の球団身売りを機に現役を引退した。ノーヒットノーラン時の捕手を2度、完全試合時の捕手を2度務めた。サイクルヒットの経験もあった。

現役引退後は1992年まで太平洋クラブ・クラウンライター・西武とライオンズ一筋に、コーチ、二軍監督を歴任した(太平洋初年度に当たる1973年のみ、アメリカ合衆国マイナーリーグ1Aのローダイ・ライオンズにコーチとして出向したため、登録上球団から外れていた)。西武のコーチ時代は、アメリカの独立リーグのチーム「サンノゼ・ビーズ」などへの若手選手の野球留学を引率し、秋山幸二安部理工藤公康大久保博元などの選手を育て上げた。大リーグ通としても知られ、タイラー・バン・バークレオなどの外国人選手を紹介した。

選手にニックネームを付ける名人でもあり、デーブ大久保のニックネームは、和田が名付け親である。サンノゼ・ビーズでは、ライオンズの選手には「安部理(Sam Abe)」「相馬勝也(Bunny Soma)」「大久保博元(Dave Okubo)」のように英語名が付けられ、自身はHank Wadaと名乗った<ref>1983 San Jose Bees Official Souvenir Program</ref>。

西武退団後は阪神タイガースのコーチ、二軍監督、編成部渉外担当、西日本スポーツ野球評論家、社会人野球・サンワード貿易のコーチ、沖データコンピュータ教育学院硬式野球部のシニアアドバイザーを務めた。

2009年6月22日膵臓癌のため死去。享年73(満72歳没)。6月27日西武ドームで行われた埼玉西武対福岡ソフトバンクホークスの試合に先立って、同じくライオンズOBである石毛宏典豊田泰光同席のもと黙祷が捧げられた。

[編集] 年度別打撃成績

Template:By2 西鉄 6871310040001000010.429.429.571.1.000
Template:By2 444337270011010010500131.189.286.270.556
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通算:18年 1565467142954101104167261001623486121617532247202269384.257.299.378.677

[編集] 背番号

  • 47 (1955年 - 1958年)
  • 2 (1959年)
  • 12 (1960年 - 1972年)
  • 74 (1974年 - 1978年)
  • 47 (1979年 - 1981年)
  • 88 (1982年 - 1992年、1995年)
  • 77 (1997年 - 1998年)

[編集] タイトル・表彰

[編集] 和田コーチ引率によるサンノゼ・ビーズ野球留学への参加者

[編集] 1983年

[編集] 1984年

[編集] 1985年

[編集] 1986年

[編集] 1987年

[編集] 1988年

[編集] 関連項目

[編集] 脚註

<references />

Template:日本プロ野球サイクル安打達成者